識域下(あるいは疑似科学)と自然科学の狭間で。

JosefK2005-11-02

1年ちょっと前くらいの話だ。

何となくギターをつま弾いていたら自分には珍しく

割といいコード進行ができたので、

適当に日本語で詞を付けて、曲のタイトルを

「Ordinary Boys」と決めた。

自分はギターがあまり得意ではないのでなかなかサビの進行が

固まらず、その曲は未完成のままなのだが、

そうこうするウチに実際にイギリスで

The Ordinary Boys」と言う若手バンドがデビューして

しまった。もちろん、そのバンドの存在はCDがリリース

される事を告げるプレス記事を読むまでまったく知らなかった。

さすがに、かなり驚いた。

自分ではかなりユニークな曲名を思いついた

と思っていたからだ。

(ずいぶん後になって思い出したが、モリッシーのソロの曲名に同タイトルの物が

あった。どうやら、あんまり好きな曲ではなかったので、

識域下に押し込めていた様だ)。

さらにそのバンドのアルバムを実際に聴いてあれ仰天。

ある収録曲のコード進行が、自分のその曲とかなり似ていた

のだ。

こうした現象を、ユング系の心理学では、

シンクロニシティー(意味ある偶然)」と呼ぶ。

実際、自分がオカルティックな物事一般になじみの深い

人間だったら、そこに「神の意志」とでも言うべき物を

感じ取り、天啓に打たれたような敬虔な気分になったかもしれない。

しかし、ユングはこの「意味ある偶然」を科学的見地で論証

しようとしていたものの、これは自然科学的立場から言えば、

「全くのナンセンス」であり、「疑似科学」と言うことになる。

必然と言うべきなのか、フロイトと袂を分かった晩年のユング

どんどんオカルティックな方向に進んで行き、

自然科学者たちからさんざんな酷評をあびる事になった。

そして件のバンド、The Ordinary Boysの音楽的背景を

調べてみる。

・・・・・さて、何の事はない。

彼らがリスペクトしている音はThe JamThe WhoThe Kinks

そして一連のUK70年代のバンドやアーチスト達と、

自分自身の趣味・嗜好とかなり重なっていたのだ。

そりゃ、一曲のコード進行がたまたま似ていてもそんなに不思議

はない。まあ確かに天文学的とまでは言わないまでも、

かなり低い確率ではあると思うが。

私はオカルトよりは自然科学・物理学等を信用している

(この場合、「信用」と「信頼」とはちょっと違う。

科学者だってとんでもない間違いを犯した人間は過去に

いくらでもいた)タイプの人間だ。

現に、お百度参りをしようが辻占に頼ろうが

悪魔召喚の呪文を調べようが3億円の宝くじはまず当たらないが

(つーか、自分は買ってないけど)、

特殊相対性理論を理解してある程度の設備さえ持っていれば、

中学生にだって原子爆弾を製造する事は理論上は充分に可能だ。

故に、私は、UKロックの神様(?)とでも言うべき物に

頭を垂れて泣きむせぶでもなく、

「ありゃまー奇遇。つか、奇遇すぎ。こりゃまいった。
あっはっは。」

と力の抜けた笑いを漏らすだけだ。

それにしても疑似科学は怖い。

苦しい時は誰だって人智を超えた何かにすがりたくなるのは

古今東西問わずの人情ってものだが、

これであっさりと人生を棒に振ってしまう人間はいくらでも

いる。

代表的で最悪なケースが、古い例えで申し訳ないが、

オウムの地下鉄サリン事件の実行犯たちだろうか。

麻原っち被告の権威がアレフオウム真理教の現在の活動名)内でかなり失墜している

現在でも、彼らの一部はまだ潜伏・逃亡を続けている。

そして彼らが「平和な日常生活」を送れるように

なる日は二度とやって来ないだろう。

私が通っていた大学にも、彼らのダミー・サークルは

いくつかあった。いや、まだあるかも知れない。

今この瞬間にも、

「科学的な粉飾をほどこしたアヤシゲな物」で人生を

あっさりブッ壊されてる人は数限りなくいる事だろう。

かと言って、自然科学のみを奉じて合理的でありさ

すればするほど幸福になれる、って訳でもないのがやっかいだ。

NASAの元宇宙飛行士で、人生の、いや人類的エリート・コース

を歩みながら、その後個人的悩みからうつ病を患って自殺を図り、

今でも入退院を繰り返している人物もいる。


自分にだって悩みは掃いて捨てほどあるが、

まあとりあえず、そのウチ金が貯まったらアムステルダム

に行って思い切りマリファナでもやりまくるか、

そうすりゃまた憂さも晴れるだろ、あっはっは、

なんてぼんやり考えたりもしている。

(断っておきますが、オランダでは大麻は非合法薬物では

ありません。大麻専門のカフェもたくさんあります。)

様するに、浮き世を生き抜くには、色々な方法がある、と。

ま、それだけの話でしょう。煎じ詰めれば。

そして、これだって一つの「合理性」と「科学的立場」であると

自分は捉えている。

で、画像は、The Ordinary Boysが敬愛してやまぬ、

かつてのイギリスのOrdinary Boys(普通の男の子たち)、

The Jamです。