漢学者に学ぶ文学的態度と、ポップ・カルチャーの学問への浸透

JosefK2006-05-17

吉川幸次郎氏の、「論語について」を久しぶりに読んだ。

えーと、で、突然ですが、今日から一人称を「ぼく」に変えます。

理由は色々あるんですが、友人より、「私」はいささか尊大な印象

を受ける、という指摘をもらったのが一番大きいです。

まあ自分も30歳を過ぎたことだし、20代の頃、某会社で営業めいた

職に就いていた時期から、一人称は(仕事の上では)「私」

を使っていたので、これが妥当なんじゃないかと思っていたんだけど、

そうは思わない人もいる様で。

で、また話は戻りますが。

ぼくは元々、支那漢籍にはほとんどと言ってよいほど

興味がなかった。

高校時代は、確かにいくらか読まされてはいたが、

それは受験勉強の為に仕方なしにやっていたもので、

決して自発的に取り組んでいたわけではない。

本格的に興味を持ったのは大学に進み、哲学科に入ってからだ。

本業、というか、専攻として主にやったのはドイツ近代哲学

とフランス現代思想だったのだけれど、

同じ哲学科の友人から、

漢籍にも、特に論語は西洋哲学的立場から見ても

学ぶべき物が多い」

と言われ、呉智英氏の本などをとっかかりにして(ありがちなパターンですな)

少しづつ読み始めた。

で、今では支那漢籍はかなり好きで、

その格好の入門書でもあるこの「論語について」を、

折りにふれて読み返したりもする。

そして、この書の冒頭には、慶應大学での記念公演が収録されているが、

出だしに、ぼくのとても気に入っている一文がある。

全文を引用すると長くなるので、まあ要約すると、

こんな内容だ。

「自分はフィロローグ(文献家)であり、フィロソフィア(哲学者)

ではない。自分には哲学というものは良くわからないし、

そもそも哲学を好まない。自分が好むのは文学である。

しかし自分はフィロローグである事を恥じないし、

人間の思想を色々表現するには、文学は必要であり、

そういった意味合いでは、フィロソフィアとフィロローグ

は無縁の存在ではないと思っている。

自分は哲学者ではないのでその証明はできないが、

少なくともそれは真実だと思っている」

論証できない、哲学は好まない(および、よくわからない)

と言いながらも、哲学者に対しての文献家の、あるいは

文学者の理想的な態度を示したものとして、

これ以上に真摯で立派なものを、ぼくはあまり知らない。

特別な哲学的ジャーゴンを使わずとも、言葉のある所には

必ず思想があるし、それは、ぼくが小・中学生の頃から

耽溺していたポップ・カルチャー、

ポップス・ミュージックやロックについても、

例外ではないと思う。

(そう言えば大学時代に、授業でヴェルヴェット・アンダーグラウンド

を流す先生がいたな)

さて。で、ハッキリ言ってしまうと、

ポップスやロックなんてものは、あってもなくても構わない、

世の中の「実利」や、プラグマティックな姿勢にとっては

かなりどうでも良いものだ。

なければないで、それで全然問題ナシの類の代物だ。

だが内田百輭はこんな事もいっている。


「今は学生自身が、こう云う学問をするとどう云う役に立つかということばかり
考えているが、 そもそも役に立つ教育をすると云う事が堕落の第1歩じゃないか。
例えば語学、ドイツ語や 英語をやっても卒業しても役に立たない。
けれども役に立たない事を教えるのが大学教育の 真諦じゃないか。
社会に出て役に立たぬ事を学校で講議するところに教育の意味がある。
外国語の時間を減らすと云う事は、学生から云い出すのでなく先生なり当局なりが
云うから、 学生にそういう気持を持たせる。時間を減らすよりは、
文法でも単語でもぎゅうぎゅう詰め 込んで、沢山覚えさせて忘れさせる方がいい。
習っただけ覚えているというのでは何てけちな根性だろう。
知らないと云う事と忘れたと云う事は違う。忘れるには学問をしなければな
らない。忘れた後に本当の学問の効果が残る」

福武書店「百輭座談」より)


うーむ、やっぱり百鬼園先生は違うなあ、と唸らされる、

実に見事な言葉だ。かなり屈折しているけれど、

なんだか絶妙で強引な説得力がある。

そして近年、ロックやマンガ、アニメといったポップ・カルチャーが、

大学教育などのアカデミズムの場で研究対象になる事が、

しばしばある。

で、ぼくはこれは悪いことではないと思っている。

あってもなくても、どうでもいい、ポップ・カルチャー。

正に、「役に立たない」存在の最たる物。

だけど、役に立たない事をこそ大学で教えるべきならば、

こんなに魅力的な対象はない。

さて、ブライアン・ジョーンズが死んだ時にストーンズ

1969年に追悼コンサートをやった場所はどこだったかね?

あー、先生、ロンドンの、ハイド・パークであります。

ちなみに1969年とは、人類が初めて月面に第一歩を

刻んだ年でもあります。それに反するかの様に、同アメリ

国内ではベトナム反戦運動が盛んになり、それらは

ウッドストック・フェスティバルなどの形に結実しました。

・・・・・確かに、こんな事知っていても、何にもならない。あっはっは。

だけどそれでもいいんじゃないかとぼくは思う。

言葉があれば思想がある。思想があれば、対象は何であれ、

それは学問にもなりうる。

で、覚えるだけ覚えて、その後は・・・・・・・

内田百輭の言うように、忘れちまったっていいじゃないか!

「学んだ事はすべて覚えていたい」なんて、マジで

ケチくさい了見はナシにしましょうぜ。

忘れてしまっても、思想は残る。人が残り、言葉がそこにある限り。

そしてぼくは、書いてある内容を時折忘れたり、

また想い出したりしながら、ずっと支那漢籍も読んでいくだろう。

ロックもずっと聴いていくだろう。多分。

で、意味なんかなくたっていいんですって。

何事に対しても意味を求め続ける事こそ、一種の堕落なのかもしれないのだから。

「ほら・・・・・雪が降っています。
どんな意味があります?」

って、そりゃシェイクスピアの「マクベス」か、はっはっは。

「意味という病」?あっはっは。